第五回 『なぜ、売れるのか?』 ㈱商売科学研究所 所長 伊吹卓
■客に嫌われない人がトップ・セールス
私が「人間は嫌なことに敏感だ」ということに気づいたのは、もう三十年も前のことです。
㈱ぺんてるの堀江幸夫社長(当時)が、閑を見つけては、問屋、小売店を訪問し、「うちの商品に対してお客様から苦情は出ていなかったでしょうか」と聞き廻ったという記事を、ある本で本で呼んで印象に残りました。(変な人もいるものだ)というていどでしたが、その後、松下電器のことを書いた本の中にも同じようなエピソードが見つかったとき、イメージが一気に拡がりました。そこで有名な社長の伝記のような本を数十冊調べてみました。そうしたら、同じような実例が続々見つかりました。そういうことをまとめて『なぜ売れないのか』(伊吹卓 PHP研究所)を書いたらベストセラーになりました。
その本を書いたときにはまだ気がついていなかったのですが、『着眼力』(伊吹卓 PHP研究所)を書いてしばらくしたころ(私は商売上手の秘訣をこの二冊の中に一つずつ書いていたのだ)と気づき、苦情法、着眼法と名前をつけ、講演会で話すようになりました。
中尊寺ゆつこという漫画家が「こどもと育つ」というエッセー(日本経済新聞 2001.8.7 夕刊)の中で「親になってみると今まで見えなかった色々なものが急に見えてきた」と書いています。それと同じことが苦情法にもいえます。苦情が大切だということに気づいて注目していると、今まで見えなかったことが続々見えてくるのでした。その実例をいくつか紹介してみましょう。
日本生命のセールス・レディの中でベストテンに入るというトップ・セールス・レディに会ったとき、彼女は「私は、今日は疲れたな、と思ったら仕事をやめて帰ることにしています」といいました。私は(あれ?)と思いまして、心に引っかかるものがあり、印象に残りました。
明治生命のトップ・セールスマンとして有名な阪本享一さんは、つぎのようなことをいいました。「私はお客様の会社につくと、まずトイレに入って鏡で自分の顔を見るのです。疲れた顔をしているなと気づいたら、ニッコリ笑って元気な顔をつくり、その顔がくずれないようにして会いに行きます」
こういう話が、人は嫌なことに敏感だということを考えているうち、すべてつながってきました。彼らはやはり、言葉ではないコミュニケーションを敏感に受け止めていたのです。
■表情のコミュニケーション力60%
もう一度、カリスマ店長の失敗談を思い出してみましょう。
彼女は、売りたい、売りたいの一心でした。そして、そういう気持ちがいけないのではないか、と気づきました。そこで思いきって、店へ来てくださってありがとう、商品を見てくださってありがとう・・・というように「ありがとう」だけを思うようにしました。そのようにしたら、急に売れるようになったのです。
それは、自分の立場を捨てて、お客様の気持ちだけを考えるということです。そのように
していると、どういうわけか売れるようになるということなのです。
でも、納得できるでしょうか。私は、そのことを事実として認めざるを得ないと思いつつも納得できませんでした。そのまま数年が過ぎました。そして、たまたま買った本の中で驚くようなデータを見つけました。それは、二人が対応しているとき、三つのコミュニケーションが流れており、言葉によるコミュニケーションは8%、声によるコミュニケーションが32%、表情によるコミュニケーションは60%というものでした。表にすると、つぎのとおりです。
◎二人の間の三種のコミュニケーション
1 言葉ーーーーーー8%
2 声 ーーーーー32%
3 表情(態度)ーー60%
(『最高の自分を見せる法』佐藤綾子 PHP研究所 参照)
私は、このデータに共鳴しました。(そうだったのか。それで、やっとわかった!)と思いました。そこで、営業マンや販売員の研修会で、これをアンケートの形で活用してみました。
つまり「三種のコミュニケーションのうち、言葉は何%くらいだと思いますか」とたずねて、一人ずつ答えてもらうのです。その結果「言葉が100%」と答える人から「言葉は10%くらい」と答える人まで、さまざまに分かれました。そして、言葉に頼っている人ほど売れないこと、言葉の評価が低い人ほどよく売れているということがわかりました。
ある紳士服の量販店の研修責任者などは、「商品をよく知っている人ほど売れません。説明しすぎて嫌われるのです」といっていました。
このように「トップ・セールスマンの謎」が一つずつ解けていくような気がしました。しかし、もう一つしっくりしないものがありました。それは、カリスマ店長の失敗談の中にかくれています。(ありがとう)と心の中で念じるようになったら、どういうわけか売れるようになったという話がありましたが、あれはいったい何なのでしょうか。
■「波長が合う」という不思議なコミュニケーション
私は、五十歳のころから本格的に講演をするようになりました。今までに研修会も含めて二千数百回も人の前で話してきました。そういう経験の中で、お客様との間に不思議なコミュニケーションがあることに十数年前から気づいていました。
ある講演会は静かで「冷いもの」を感じました。そのあと一週間ほどたってからやった別の
講演会は、同じように静かでしたが「暖いもの」を感じました。私は、このことが気になってしかたがありませんでした。(何だろう?)(何だろう?)と思いつづけてきました。
ある洋装品組合の研修会のとき、組合長と同じ部屋でとまることになりました。二人で部屋
に入ったとき、組合長にいわれるのです。「伊吹さん。あなたとは波長が合いそうですね」その晩は、事務局長もやってきて深夜まで語り明かしたものでした。「波長が合う」とは、ときどき聞く言葉ですが、ムード的な言葉であり、何のことかさっぱりわかりません。ところが、前に紹介した『色の秘密』という本の中に「脳波」のすごい伝達力のことが書いてありました。
つぎに紹介します。
「私たち人間の意識や無意識は、X線が透過できないほど濃密な固体も貫通することができる。思考も一連の波長を持つ振動である。人間の意識の振動は介在するすべての固体を通過して、テレパシー(精神感応、思念伝達)として数百キロを瞬間的に旅することができる」
私は学生のとき、不思議なことを体験しました。兵庫県の姫路から岐阜の自宅へ急に思い立って帰ったとき、母がいうのです。「お前が帰ってくるのはわかっていた。昨夜、夢を見たから帰ってくるだろうと思っていた」
私は、さっぱりわからずポカーンとしていましたが、子のことを思いつづけている母には、こ
ういうことがよくあるようです。そして、こういうことをテレパシーというのです。遠くの人にさえ通じるのです。まして目の前にいる数百人の人の脳波を受けて、私が「冷い」とか「暖い」とか感じたのは、当たりまえのことだったかも知れません。
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トップ・セールスマンといわれる人々は、不思議に売れます。どの会社でも販売力を上げようとして、営業マンの研修会をやっています。しかし、なかなか成果が上がりません。それは、
研修会のやり方が間違っているからです。
トップ・セールスマンの本質は、カリスマ性です。感性です。そしてその感性はだれでも持っ
ているものです。私は、その感性を生かす研修会をやっています。そのようにすると不思議な
ほど売れるようになるのです。