第三回
■霊長類のことを英語では「第一の動物」という
「商売上手の二大秘訣」の一つの「着眼法」は「百聞は一見にしかず」ということわざの原理を生かしたものです。「見るということ」には、偉大な働きがあるのです。そのことを「眼力」といったりします。
私たちは見ることによって、簡単に判断するものです。だからこそ「見合い」や面接ということが、重視されているのです。
英語のことわざで「見ることは信じることである」といっていますが、不可解なことでも見ると納得できるものです。
「見る」ということには、不思議な力がしかし、私たちはそのことを忘れてしまっているのです。
そのことを教えてくださったのは、京都大学霊長類研究所の河合雅雄教授(当時)でした。先生はいわれました。
「『人間は目の動物だ』と動物学者はいっています。そして、『犬は鼻の動物』といっています」
「犬の嗅覚の鋭さは人間の嗅覚の二百万倍から二千万倍にもなります。どうしてこんなにあいまいかというと、犬の嗅覚を測る物差しがないからです」
犬の嗅覚の鋭さについては経験している人が多いでしょうが、二百万倍、二千万倍というぐあいに聞くと改めて驚かれることでしょう。
このような"超能力"はすべての動物が何か一つを持っています。何万キロもの遠くへ渡っていく渡り鳥や、何万キロもの遠くから生まれ故郷の川へ帰ってくる鮭の話も不思議ですが、実はすべての動物が他の動物と比べると、数百万倍~数千万倍も鋭い感覚を一つ、持っているのです。人間も動物ですから一つ持っているのです。そのことを動物学者たちは人間は目の動物といっているのです。つまり、人間の目は他の動物と比べると、数百万倍から数千万倍鋭いということになります。
このようにいうと疑問が一つ浮かびます。それは「鳥のほうが視力がよいのではないか」ということです。ワシやトビという鳥は、数千メートル先のウサギを見つけるといいます。これは、いわゆる「視力」の話です。視力なら人間は決して動物界の超能力者ではありません。それなら何が他の動物と比べてダントツにすごいかというと「眼力」です。
眼力という言葉はあまり使われなくなりましたが、それは「観察する能力」(『広辞林』三省堂)のこと。つまり、見て、推察することです。そのようにすると、頭脳の中に蓄積している情報と組み合わせて、すばらしい判断ができるのです。
■犬は華の動物 人間は眼の動物
眼力は観察する能力のことですが、このように言い換えても何のことかさっぱりわかりません。しかし、つぎのような言葉を列記すると急にイメージが、はっきりしてくることでしょう。
観察、推察、洞察、明察、賢察。要するに察するとは「事情や心中をおしはかる、推量する、予想する、判断する」こと(『広辞林』)なのです。「判断する」という言葉をたしかめると、もっとはっきりしてきます。
「判断」──占い、吉凶の見分け(『広辞林』)
つまり、観察とは、見て察して判断することです。これは、きわめて不明確な思考作業です。だから説明しにくく、わかりにくいのです。もちろん、頭脳の中の働きですから目には、見えません。しかし、それが人間にとって「超能力」ともいうべき、最高の頭脳の働きなのです。
あるアンケートで頭脳の働き(───記憶力、発想力、説得力、判断力など)の中で、どの能力が一番欲しいかということをたずねたら、第一位になったのは「判断力」でした。
このごろのようにコンピュータが普及してきますと、ますます記憶力の価値はさがり、判断力の価値が高くなってきます。
このごろデジタル家電、デジタル・テレビなどといって、しきりに「デジタル」という言葉が流行していますが、人間自身にとっては反比例するように、アナログ性が重要になってきます。それは眼力──判断力──直観力のことです。
コンピュータは所詮、機械です。機械は道具です。道具は使うものであって、道具に使われてはいけないものです。
コンピュータを使うためには、判断力を育てなくてはなりません。判断力を育てるには、たくさんのものを見て廻るということが大切です。見て、見て、見まくる、ということです。そういうことをやっていると不思議なくらい発想力、直観力が伸びてきます。だから「ヒット塾」では「三時間ウォッチング」の宿題をいつも与えているのです。
「何を見たらよいですか」とか「見るコツを教えてください」というような質問には、いっさい答えません。
「売り場で三時間見ていなさい。そういうことをしているうちに気づいたこと、感じたことをメモしておいてください。それを来月、ここで全員一人づつ発表してもらいます」といって突き放しています。
そのようにしないと、観察力が育たないのです。
観察力が育ち始めると、ウォッチングすることが楽しくなります。そして、頭脳の中にかくれていた「天才のソフト」が動き始めます。
ヒット・メーカーは、このようにして育つのです。
■霊長類不思議な力を持つ動物
私は五十歳まで電通にいました。そして、広告を作る仕事をしただけで、人を育てるという仕事をしたことがありませんでした。そういう私なのに、偉大な経営者がやっていた「商売上手の二大秘訣(苦情法・着眼法)」を活用したら、ヒット・メーカーが面白いくらい育ってくるのでした。本当に不思議でした。
その不思議さに注目しつづけているうち「霊長類」という言葉が気になるようになりました。
「霊長類」とは。動物分類の名前で、ヒトやサルが所属しています。 それにしても「霊長」とは変な言葉です。辞書を見ると「霊長=不思議な力を持つかしら」(『広辞林』)と出ています。
ちなみに「霊」がつく言葉は、つぎのようにたくさんあります。
霊鳥、霊湯、霊泉、霊峰、霊木、霊夢、霊物、霊薬、霊腕、霊芝、霊水、霊香、霊窟、霊気、霊雨、霊域
これらの言葉の意味を辞書で確かめると、すべてに「不思議な水」「不思議な木」というぐあいに「不思議」という形容詞がついてきます。
でも、不思議というだけでは何か不満です。そのことにこだわっているうち「霊長類」のことを英語ではどのように表現しているのかと思いつきました。そこで和英辞書を引いてみたら「primates(プライメーツ)」と出ているのです。総理大臣のことをプライム・ミニスターといいます。大臣の中の一番の人という意味。つまり、プライメーツとは、動物の中で一番上という意味です。そういえば、動物の中で一番強いのはライオン、そして、イギリスの王室の紋章がライオンになっています。これが、西洋人の考え方なのです。
そこで私は気づきました。人間観(──人間というものをどのように見るかということの考え方)が西洋と日本とでは、大きく違っているということです。
日本人は、人間が不思議な力を持つ物と見ているのです。その証拠に、偉大な人を祭った神社がたくさんあります。
不思議な指導力を持った人のことを「カリスマ」といいます。
このごろ、カリスマ美容師、カリスマ店員、カリスマ経営者という言葉が流行しています。
人を引きつける不思議な力は、引きつけられる人にも不思議な感受性があってこそ成り立ちます。つまり、すべての人間が不思議な感性を持っているのです。このことに気づかないでいると、どんな仕事をしてもうまくいきません。
日本人は全体的に「霊長」的感性に富んでいたのです。だから経済大国になれたのです。しかし、私たちにとって、それは自覚しにくいことです。でも、日本人に商売上手な人が多いのは、そのためです。
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