in-職(いんしょく)ハイパーの“飲食の戦士たち”に株式会社オールマイオウン 代表取締役 佐藤則裕氏登場。
大家さんの息子は、お金持ち。
父は、ハイヤーのハンドルを握っていた。仕事は至ってマジメだったが、家はそれほど裕福ではなかった。もう、TVゲームもある時代だったが、もっぱら外に出て遊んだ。メンコに、野球に、サッカー…。だがどこかで、TVゲームに熱中する友達をうらやましく思っていた。
「いま思えば、ぜんぜん貧乏じゃなかったんですが、当時は、うちは裕福じゃないと思い込んでいました。大家さんの息子が私と1つ違いだったんですが、彼は最新のゲームも持っているし、ディズニーランドにも頻繁に連れてもらっていた。習い事にも通っていました。そういうのを観てひがんでいたんでしょうね」。
そういった子ども時代の思いが、早くから少年を自活の道にいざなった。
中3生から始まったバイト人生。
「自活」は少年佐藤にとって目標の一つだった。中学3年生から平日はレストラン、休日は引っ越しのアルバイトに励んだのも、そのためだ。高校時代も、大学時代もバイト1本。なかでも引っ越しのアルバイトは6~7年、続けている。
「いまでも当時の仲間たちとは交流があります。あのバイトのおかげで『段取りや人の付き合い』という社会人の基本が勉強できました。いまがあるのは、あのバイトのおかげだと、スタッフにも言っているんです(笑)」。
バイトは真剣だったが、授業にはイマイチ熱が入らない。それでも中・高では、真ん中より上の成績を残したが、大学では4年生で単位を取りまくり、かろうじて卒業している。
ちなみに大学1年生のバイト代は年間320万円、2年生で280万円。進んだのが青山大学の夜間ということもあったのだが、「学生とバイトという二足のわらじ」というより、バイト一本勝負だった学生時代が、思い浮かんでくる。・・・。
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