2017年3月14日火曜日

有限会社ハレノヒ 代表取締役 高野昌宏氏登場。

in-職(いんしょく)ハイパー“飲食の戦士たち”有限会社ハレノヒ 代表取締役 高野昌宏氏登場。


少年時代から、大学時代まで。

5月は空が高くて、青い。1971年の5月3日。その日の相馬市も、きっと晴れやかだったに違いない。「私は3人兄弟の末っ子でした。兄とは11歳、姉とは7歳と、ずいぶん年が離れています。私が生まれたのは、1971年の5月3日。生まれは、福島県の相馬市です」。
ご両親は、元々、クリーニング店や茶店、布団屋などを手広く経営されていたそうだが、高野氏が生まれた1971年、医療ミスによって、父親が半身不随となってしまう。「母1人でしょ。だから、クリーニング店だけを残し、あとは店じまいしたそうです」。

高野氏にとって、母はきびしい人だったらしい。高野氏は、1人、年の離れた末っ子だった。かわいいに違いないが、1人店を切り盛りする母にも、やさしく接する余裕がなかったのだろう。
代わりに兄がいて、姉がいた。2人は、兄弟だが、喧嘩相手ではなく、親代わりだった。
「私は、小学校の頃からバレーボールをはじめました。私もそうですが、チームのみんな筋が良くって、全国大会にも出場します。バレーボールは中学でもつづけますが、こちらは県大会でベスト8くらい。小学校の頃のように、真剣に取り組んではいなかったんで、中途半端な結果で終わってしまいました(笑)」。
それでも、バレーボールは、特別で、勉強は二の次だった。ところが、本人いわく、「高校に入って、勉強に目覚めた」そうだ。「高校に入って、ちょっとまじめに勉強を始めると、コツがわかったんです。コツがわかると、問題もスラスラ解けるようになって、学年で3番くらいに入るようになりました。それでも、そうたいした大学に進学したわけではないんですが(笑)」。
大学は「神奈川大学」に推薦で進学する。「特別、大学に進学するつもりもなかったんですが、母から『お金のせいで大学に行かせられないのは私の本意じゃない』と言われ、母に対する感謝の気持ちもあったもんですから、素直に言葉に従いました」。
大学生活がスタートする。

彼女にフラれて、スイッチON。


「飲食に出会ったのは、大学時代です。1年の10月になってアルバイトを始めます。学費は、私が払うことになっていましたから、のんびりしているわけにもいなくなって。応募したのは、居酒屋を少しおしゃれにしたカフェ・バーのオープニングスタッフでした。初めてのバイトでしたが、楽しかったですね。大学を卒業してからも、フリーターとなってバイトをつづけます。でも、結局、その店はクローズしてしまいました」。
その後も、飲食店を転々とする。正社員として就職したのは24歳の時で、入社したのは『モンテローザ』。「でも、『モンテローザ』時代は、長くありません。25歳の時、地方への人事異動みたいな雲行きになって、それがイヤで退職したんです」。
当時、付き合っていた彼女がいたそうだ。転勤がイヤだった理由の一つかもしれない。「でも、彼女にもいいかげん愛想を付かされて、フラれてしまうんです」。
それが、奮起をうながした。「あの時、初めて真剣になったかもしれません。人に言えば笑われそうですが、私にとっては、それだけ大事な出来事だったんです」。
「30歳までに社長になって、見返してやろう」と思ったそうだ。炎が灯った。今思えば、その炎は、高野氏の奮起を願いつづけた彼女の置き土産だったかもしれない。
30歳。5年あれば、できると思っての数字だったかもしれない。しかし、現実的に言えば5年しかない。5年間で何ができるのか。
「30歳までに起業する。それを前提にすると、料理の技術も、従業員の質も、そう必要としないホルモン焼きの店がいいだろうと思って、その道に進みました」。
当時はまだ、ホルモン焼きの店は少なかったそうだ。「大阪の鶴橋にあるような、ああいう店は少なかったんです。もっとゴージャスな焼肉店ばかりです。ホルモンの専門店はほとんどありません」。
そのようななかで、予約も取れない店があった。「あらちゃん」という。「偶然ですが、うちのそばにあったんです。7坪の、けっしてきれいでも、おしゃれでもない店です。ダクトもなく、匂いは外に流れ放題。店員は外国人です。これは、いい、と門を叩きました。これなら、技術も関係ないだろう、と思ったからです」。
手に職をつける選択肢もないではなかったはずだ。だが、5年。このしばりを考慮すれば、遠回りはできなかった。それだけ、30歳の起業にこだわった証だろう。もちろん、起業しただけでは、意味がない。ちゃんとした男となり、見返すのが目的である。どうすれば人気店をつくれるのか。
ハングリーな青年は、事業のすべてにむしゃぶりついた。
・・・続き
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