in-職(いんしょく)ハイパーの“飲食の戦士たち”に麺JAPAN株式会社 代表取締役 坂田敦宏氏登場。
本文より~中卒、日雇いバイト。21歳で起業す。
「中学3年の時、日雇いのバイトで日給が3000円。悪くなかったから中学を卒業して、それを仕事にした」と、今回ご登場いただいた麺JAPANの代表、坂田 敦宏さん。
じつは、坂田さんには2020年、「飲食の戦士たち」にご登場いただいている。今回で2回目。以前の坂田さんがアップデートして、もどってきてくださった。そんな感じで話がスタートした。
「だから、中卒。こればっかりは何年経っても変わらないね(笑)」。
中学を卒業した坂田さんは、建設現場を転々とした。鳶職もしたし、塗装もした。基本は日雇いバイト。それでいて、21歳で起業しているからユニークだ。
<「成り上がり」ですよね?>
「そう。永ちゃんの本を読んでね」。
<きっかけはたしか、ダンプのなかの会話でしたね?>
親方がダンプのなかで言うんだよね。『坂田さぁ、学歴がない奴が金持ちになろうと思ったら独立しかないんだぜ』って。毎日のように聞かされていたから、刷り込まれちゃって。19歳の時に、今まで漫画本しか買ったことがなかったのに本屋に行って」。
「成り上がり」は、いうまでもなく、矢沢永吉氏のベストセラー。「独立しかない」×「成り上がり」。2つのワードが交錯する。
「20歳で起業しようと決意して、21歳でハウスクリーニングで独立します。バブルの時だったけど、あんまり儲からなかった(笑)」。
それでも、のちに法人化し、ビルメンテナンス業を中心にフランチャイズを展開。リフォームや人材派遣、業務請負、IT、芸能、コンサルティングと次々と事業を立ち上げ、11社のグループ会社を育てている。
<まさに「成り上がり」ですね?>
「21歳で起業して、30代前半までは、そうですね。たしかに、成り上がっていました。売上も、グループで20億円くらいあったからね」。ただ、不慮の事故をきっかけに30代後半から、舞台は暗転する。
絶対、治るから。奇跡の復活。
その時の様子をもう一度、うかがった。
「40歳の時に倒産です。地元に戻ってタクシーの運転手を3ヵ月半しています。そして、43歳ですね。脳幹出血です」。
「幸い命は取りとめましたが、『半身不随は免れない』と言われました。当時あった仕事はすべてキャンセルして、2年間はリハビリに専念。ドクターから言語障害と半身不随といわれた絶望のなかで、看護師さんとリハビリの先生だけが『立てるようになれるかも』と励ましてくれたんです。それが、嬉しくて、力にもなって」。
今、坂田さんはYouTubeでも登場されているが、一般の人とまったくかわらない。「ここまで回復するのは珍しいです。以前にも言いましたが、NHKから取材も受け、珍しい症例としてテレビ出演しているんです」。
奇跡のような話は、それで終わらない。
<それからまた起業されますね?>
「リハビリが終わって、奇跡的な回復をするんですが、それは、支援してくださった看護師さんやリハビリの先生のおかげ。だから、そういう医療従事者の人に恩返しする事業を、と。もう一度、事業を開始します。今度は、リハビリをサポートしてくれた人たちに恩返しする事業です」。
2014年、坂田さんは「訪問看護ステーションリカバリー」を運営するRecovery International株式会社を設立する。訪問看護ステーション事業だ。坂田さん自身が、つい数ヵ月前まで利用者だったから訪問看護のニーズはだれよりわかっていた。
ちなみに、このRecovery Internationalは、2024年現在、東証に上場している。坂田さんは、当時、取締役会長職を経て、現在は株主という立場で事業を支援しているそうだ。
からだも、事業も、不死鳥のように蘇っている。
「そりゃ、つらかったよね。倒産でしょ。半身不随でしょ。天国から、真っ逆さまです。でもね。看護師さんとリハビリの先生の『立てるようになれるかも』って。あの一言のおかげで、からだはもちろん、事業まで復活することができました」。
「この数年で、性格も温厚になり、怒らなくなった」と笑っておられたのが印象的だった。その話をすると、「でも、実は温厚になったというより、怒ると血圧が上がるから注意しているだけ」と、笑った。
・・・続き
<2020年7月掲載 株式会社和僑ホールディングス 代表取締役社長 坂田敦宏氏>
(社長記事やグルメ情報など飲食の情報はキイストンメディアPR事業部まで)
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